印象的だった事柄




北見(北海道)



以前、北海道の北見という都市を訪問し、JR北見駅について、バスに乗ろうと、駅前のバス停を探すと、ここは、建造物がバス停になっている様子で、駅前のバス停らしき建造物に入りました。で、ここまで、遠路長かったので、とりあえず、コーヒー?ということで、自動販売機で、ホットコーヒーを購入!(ウーン、ガコン!)プシュ!とプルタブを開け、飲む! 俺→ここまで、いろいろあったなぁ・・・。

すると、携帯電話のバイブがブーン、ブーン・・・。んっ?と携帯の液晶画面をみると、同僚から仕事の問い合わせらしい。飲みかけのコーヒーをその辺に置いて、電話の問い合わせに応答した。かれこれ15分ほど、しゃべっただろうか?話が終わって、さっきのコーヒーでも飲むか?と思い、缶を手に取り、口にあて、缶を斜めにするも、液がでない!しかしながら、缶、重い!自分→何じゃこら?と缶の中を確認すると、液がシャーベット状に凍って、シャリシャリでドロドロの感じ!自分→!!!わっわずか15分とかやのに!
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バーベキュー



バーベキューについてですが、昔は炭が画像真ん中の、中まで詰まった、一般的な炭しかなく、これでバーベキューすると、強火のみになってしまい、大事な肉が、もれなく炎上してしまうという、悲しいやりきれない事態に陥っていました。が。今は便利なものが考案されて、画像右端の真ん中に穴のあいた、ちょうど、チクワのような形状の炭が市販されています。これは、ちょうど中火になるように調整されていて、焼き肉の際はかなりいいです!これで焼いた肉は、ほぼ100%焦げることなく、食べれます!自分→いい感じ! inserted by FC2 system




北海道(道東、道西、道南、道北)




北海道へ、夏と冬の二回旅行しました。画像の左側2つは、冬期、次は夏期、そして右端が冬季になります。 冬期:驚いたのが、寒さ!現地は寒い!というのを通り越して、痛い!という感じです!バス待ち小屋にある自動販売機で、缶コーヒーを買い携帯電話に連絡があたったので、缶をおいて15分ほど話をして、コーヒーのむか?と思い、缶を口にやっても、コーヒーでない!(シャーベット状態!)(自分→!!!)夜に宿の窓を確認すると、結露した水分が凍り、窓一面に水の結晶マークが出現!

画像一番左は、宿の窓からの画像!12月! 次の画像は、宿近くのスキー場で手袋をマクロ撮影!(水の結晶が!) 次の画像は、知床半島で非舗装の山道をレンタカーで走っていると、キツネが出現し、爆睡!←全然人を恐れない!旅行前に、大阪で、フライデーをよんでいたら、見出し→知床半島、ふと、ふりかえれば、熊がいた!という記事が・・・。自分→熊じゃなくて、よかった・・・。

次の画像は、JRの貨物列車の画像ですが、わたくしは小さい頃から、鉄道に興味を持っており、某雑誌●●ファンとかを、よく立ち読みしたりてたんですが、その雑誌の中にある、列車の最前部に雪がつもった、かなりシブイ(イケテル)写真が今まで投稿されており、幸運な事に今回、自分は、カメラを持って北海道にいるぜっ!ということで、はりきって北見の途中で乗り換えをおこなった、岩見沢という駅で、貨物列車の通過に遭遇したのですが、ドドドドド・・・・。ヒューーーーン!と、ものすごい音と振動そして風が、ホームに発生しましたが、残念ながら、雪とか氷のしぶきもなく、本州の駅と同じ感じであったのでした・・・。トホホ。(残念!)

北海道は、信号もすくなく、ひたすら、うんKm道路が続いている・・・・。という状況で、一般道がこちらの高速道路の感じです!印象的なのが、対向で通過する農業用の車両(大きな干し草ロールを運搬するトラック)とか、積載してある農業用車両はヨーロッパの車両です!ですので、自分(心の中)→”ここはヨーロッパか!”と何度も思います。 inserted by FC2 system






カニ



沖縄本島から南西約300kmにある、宮古島にいってきました。一般的な観光客の感じで、ホテルでレンタカーを借り、ひさびさのリゾートを楽しむために心を幼年期のように、澄んだ無垢な状態にして、ホテルでレンタカーを借り、砂浜へとドライブしました。すると、妙な光景が視界に入ってきました。路肩の部分に、落ち葉がたまって風に吹かれているかのように、ざわざわ・・・しています! 俺)→8月なのに、落ち葉は変だし、なんだか、1つ1つが不規則に動いているぞ!音♪→ジャーン!なんなんだこれは!正体はカニの大群でした! inserted by FC2 system






ボラカイ島



ボラカイ島という、海外の小島にいってきました。ここは、フィリピン領になります。首都/マニラにある、国際線の空港から、国内線にのかえて、小型セスナ?(8人乗り?)で、小島に向かいます。画像は、アナログカメラで撮影したもので、この画像は2006年ほどに、スキャナーで取り込んだものになります。

何とセスナでは、ヘッドレストが乗用車のようにありません!わたしの席は、パイロットのすぐ後ろで、パネルや機外を確認できる状況です。機内は当然のことながら、大型機のように圧力調整などなく、横にあるドアは、駅のトイレのドアのように蹴っとばしたら、開く感じで、自分→こんなんで、いいの?って感じ。パイロットは高山病を防ぐため?高度1800とかを維持して飛行している状況。 現地について、ビーチでころがっていると、お約束で現地人が声をかけてきました!(注意!)現地人いわく、”船もってるから、島の周りで釣りして、どっかの砂浜でバーベキューせーへんか?”みんな(3人)で協議した結果、OK!ということにしました。日本ならば、加山雄三とか梅宮辰夫とかの人が、豪華クルーザーで漁港に登場という状況ですが、現地では、漁船?と思しきエンジン付きの船が、砂浜に出現し、乗組員(自分たち)は、短パン、はだしで、ジャブジャブ砂浜を沖に向かって歩く感じ。

その後釣りをしましたが、驚いたのは、現地ではサオをつかわないです!現地人に”rod?”とかゆっても、”???”てなかんじで、そんなんつかわん?いうリアクション。運よく、7匹くらい30センチとかの魚をつって、付近のホラアナがあるビーチに接岸! そこで、バーベキューをやったのですが、驚いたのは、燃料はその辺の転がっている、ヤシの実。これですが、台所にあるカメノコタワシのように、茶色い繊維の塊みたいな状態で、炭のように、ジンワリくすぶる感じでよく燃える!これで、釣った魚を焼いて、みんなで食べました。どれもなかなか美味でしたが、個人的には、四角くて、まあまあ大きい、野球のセカンドベースみたいな魚がおいしかったです。しばらくして、現地人が”チキン食うか?”いうんで、すかさず”もちろんOK!”いうと、ちょっとまって?いうて、現地人は森の中に消えていきました。自分たちは???って感じだったんですが、20分とか後、その人物が、生きたチキンの足をつかんで、森から現れました!その後、それを海水で洗って、羽根をとって焼いてたべました!(超ワイルド!)海水の濃いめの塩味がチキンにちょうどよく、たいへんおいしかったです。

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9.畑について

以前、趣味用の畑、大きさ→(20m*20m)をかりておりまして、いろいろと作物をつくったのですが、まず、印象的だったのは、ダイコン!これね?ホームセンターとかで、種1袋¥98で売ってるじゃないですか?これね?種全部うえて、3/4とかまびいても、収穫量ね?段ボール箱4つとかっすよ!(大量!)

これに気をよくした私は、うしし・・・。これは、2毛作じゃ!と思い、9月に種を植えたのでした。すると、芽がでて、どんどん大きくなってくるではないですか。←うししし・・・。でね?2月くらいに、食べれる大きさのダイコンができて、家に持って帰って食べてみました。→お笑い芸人の激辛のリアクション!(ゲッホゲッホゲッホ!)なんと、ダイコンはトウガラシのように辛いではないですか!しかも巨大!!!何なんだこれは?と思いインターネットで調べてみると、どうやら、ダイコンは冬の寒さで、ダイコン自体が凍結するのを防止するために、体に辛い成分を蓄えるようになっているそうではないですか!しかもね?段ボール箱*4のダイコン全部激辛!!!(最悪!)

ちなみに、画像の物体は上のダイコン記事のキャラ←新犯人?そして、ゴルフボールのようなナスビ。そして前の人が植えてた菜の花、私は花より団子のクチです。

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意識不明時の母親の話



入院生活が終わり、自宅で過ごしていた頃、母親に入院時代の意識のない頃の事をききました。自分の知らない記憶がいろいろと明らかになりました。自分がベッドで意識不明でずっと寝ていたころの事です。自分は意識がないので、母親がいろいろと対処してくれていたようです。

なかでも印象的だったのが、自分の運命についてでした。自分は一生意識不明と医師より宣告され、もう生き返ることはないだろうということで、毎日鼻から栄養補給をおこなっているシリコンチューブ(通称:鼻くだ)を差し込むかわりに、胸に穴をあけて、胃まで直接栄養剤を補給する穴(イロウ)を開ける処置を提案されました。しかしながら母親は”NO”と返事をしたらしいです。臓器移植提供ドナーカードも案内されたようです。

私に発症した脳出血は、即死6割で、4割の人が、生きたまま病院搬送されますが、ほとんどが一生意識不明と母親から聞いた瞬間、全身にトリハダが出現し、全身に寒気が感じられました。この時確認したのですが、驚きの感情を超えると、恐怖の感情が感じられるということです。この感覚を例えてみるならば、夕暮れの、うす暗い森の中で妖怪と、遭遇したかのような気味の悪い感じです。
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味覚障害の件



脳出血による、こん睡状態から、目が覚めて、病院での意識のある状態の入院状態が始まりました。意識がある状態で、もっとも衝撃的な、毎日行われる処置があって、それは栄養補給のために、300mlほど?のボトルに、茶色い栄養剤(液体)がはいっていて、それに直径5mmほどのシリコンチューブが設置してあるものの片方を鼻から胃まで入れるんですが、これの痛いのなんのって!あまりにも痛いんでね?”ギャー!”と毎回奇声をあげる状況!

あまりにも痛いんで、看護の人物が、シリコンチューブの先に麻酔のジェルをぬって、チューブを頻繁にいれる感じ!これね?あんまり痛くないけど、やっぱり痛い!(ガハハ!)このときは、味覚異常の件があったとは、考えるにおよばなかった。(これで大変やったんで。)先日、TV見ていましたら、画像にも掲載してあります、お笑いの千原ジュニア氏も以前こ、この鼻クダを体験されていたそうな・・・。かなりリアルに、そして、かなりおもしろかったです!(思いっきり痛いにもかかわらず、千原氏はほとんど、たべていないので、小声で”なめとんか!”としか反応できなかったという・・・。)

入院が終わって、自宅療養の時期にさしかかり、毎日自宅で生活していて、不可解なことが明らかになりました。それは、焼き魚の塩味がまったく感じられなかったことです!自分は塩味を感じていないのではないか?という思いが強く感じられて、実験として、台所の塩をなめてみました、すると、しょっぱくなく、何か苦いという感じ。自分→”んっ、何か変だぞ?” 次に、イカの塩辛をなめてみました!するとどうでしょう!ぬるーっとした触感はありますが、全然しょっぱくないではないですか!(ガーン!)

あとになってわかったんですが、最初塩をなめたときに苦かったのは、家の塩は昔ながらの塩化ナトリウム99%とかの塩ではなくて、自然のタイプの塩というやつで、塩化ナトリウムのほかに、ニガリの成分が入っているタイプの塩で、自分が反応したのは、塩化ナトリウムではなくて、ニガリの成分だったのです。

自分が最初思ったのは、脳出血が原因で塩味を判断する脳細胞が機能しなくなった?と思い、とりあえず専門外来のある、某大学病院の診察を受けたのでした。Dr.いわく、あなたの仮説が正しかったら、匂いの機能もNGになっている可能性が高いというコメントをもらって、原因不明?で、いわゆる迷宮入りとなったのでした。自分→匂いは普通に機能してるし、もーええわ!と思い、味覚障害のまますごしたのでした。

それから、一年くらいたったころでしょうか?夕食に食べたサバがしょっぱいと感じました!自分→んっ?し、しょっぱい!(何なんだこれは?)結果としてわかったのが、入院時に病院で使用した薬剤の副作用でした!入院の際に食べた病院食に何かパンチがないと思ったのは、病院食が健康のために減塩仕様になっていると思っていましたが、それはただ単に塩味を認識していなかった事だけなのです。

味覚障害で注意すべき事柄は、通常の院内での処置:骨折、臓器異常、けがとかとちがって、原因がわかりにくく、異常のままでも、普通に生活できてしまうということです。自分のこの文章にある入院時代のささやかな夢は、天○一○のどろどろスープのラーメンが食べたい!という非常にありふれたものでした・・・。 inserted by FC2 system





脳出血の件







私は以前、新大阪に事務所がある某企業につとめておりました。会社はビルの7階にあり、ある朝、いつものようにエレベーターの7のスイッチを押して、7階につき、会社のドアのノブを手で回し、中にはいりました。そうして、2〜3歩、歩いたそのとき、バタッ!っと床に倒れました。これの具体的な本人のイメージは、中国の気功術というので”エイッ!”ってやると、バタバタバタ・・・。っと人が3人ほど倒れるイメージで、本人は気が付けば、倒れていた!という感じです!人がつまずく時に感じる”フワッ!”という感覚まったくなしで!気が付いたら倒れていた!という感じ!

その後は、目をつぶっているので、画面は真っ暗ですが、記憶はあります、床に倒れて、2〜3秒後でしょうか?頭の中が、ボワー、ボワー、ボワー・・・。という感じで熱くなっていきました!後でCTをみてわかったのですが、これはまさに、小脳部分での脳出血!(2〜3年後に見たCTでは、小脳部分に、絵の具をこぼしたような表示が!←ずばりこれ!)その時、頭の上の辺で同僚がバタバタ走っていた、音と振動が記憶されております。このあたりで、記憶がなくなりました・・・。

ひとつ思ったのが、体の血液のポンプは、心臓である!と強く思いました、出血した場合、ボワー、ボワー、ボワー・・・。と波動が確認されたのはまさにそれであるといえるでしょう。




入院時の記憶





以前脳出血で一生意識不明の状態から、手術七か月後に意識が戻った件について、当時の記憶をコメントします。



1.記憶はあるが断片的である

2.私(小脳出血後)の精神状態



まず、1からコメントします。記憶はありますが、断片的な記憶です。当時の記憶について箇条書きにします。



●目をあけたら、病室の天井に設置されている、患者を、つるすための小型クレーンのアームがあり、それをひたすら見ていて、その姿が記憶に強く残っている。

●病院の中庭に小さな広場があり、そこで、親戚のオジサンが車で連れてきた家の犬をなでなで、している記憶。



●当時ほとんどしゃべらなくて、妹いわく”全く別人!”全然しゃべらないんで、月に1回とかで、声を発すると、あまりにもめずらしいんで、ベッド横のノートに、ブン(私)の言葉とメモする状況。

●障害者手帳に貼り付けてある、入院当時の写真(ピース!←”今そんなんせーへんぞ!”)これをみると、全く別人!(自分→きっ!きてます!)



●もわー・・・。っと生暖かい空気の病室のベッドで寝ていると、親戚のオジサンと、母親が、セイブ(百貨店)とか古墳(近くにある)とかについて、何度も会話していた記憶。

●近くの駄菓子屋で大好物のアイスクリームをたべていた記憶!(今となって常識で考えると!おもいっきり子供!→(なんという事だ!))

●鼻にシリコンチューブを入れる記憶!(めっちゃ、痛い!)→印象的だった事ボタンの中に記事!(他に経験者がいたとは・・・!←記事参照)

●転院した病院の近くで、毎日散歩していた頃の、下水場の独特の匂い!(ドブ川もあった!)

次に2をコメントします。私に発症した小脳出血後の場合、体は大人ですけど、精神的には3とか6歳という感じ!妹→あんた、ビッグベイビーやんか!あと小脳出血の場合のみの症状なのかもしれませんが、当時極度のふらつきがありました!これね?イスにさえ、すわれないほど、フラフラ。母親→あんた、ごっついフラフラマン! 専門的には体幹異常というみたいです。




専門病院診察の件



脳出血発症時に手術した、脳の具合を確認するために、退院してから近畿にある、某脳神経外科病院を訪問しました。病院に入ると、院内の消毒?のツーン!とした独特のにおいと、モワー!と生暖かい、施設独特の空気に、生前(←まだ生きとる!)のサラリーマン時代に頻繁に施設を訪問していた、記憶がよみがえったのでした。さまざまな手続きを行って、ある部屋の医師との面談をうけることとなりました。

ここでびっくりしたのが、部屋に掲示されている名前を書いたプレートに、professor XXと、書いてあったことです!もちろんXXというのは、便宜上わたしが匿名でXXとしただけですが。私は、ふと思いました!(仮面ライダーの研究?←もお、ええ!ガハハ!) inserted by FC2 system

さまざまな質疑応答ののち、とりあえず頭のCTをとってみる事にしました。画像撮影の際印象的だったのが、機械が設置されている部屋の壁に ピップエレキバンは、はがしてください。と張り紙があった事でした。

撮影が終わり、博士とCTについて、打ち合わせを行っていました。画像を見た自分の心の中→これは、何だ!!!博士→”シャント?” 脳の断層撮影の小脳部分にシリコンチューブが設置されているではないですか!母親にこの件を尋ねたところ、母親→”あんた、手術ん時に、カテーテルいうのつかって、何かやってんで?”自分→”圧力調整?”自分→”俺はアンドロイドか!(仮面ライダー!←くどい!)”